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三嶋大社の風景(2018年11月)

三嶋大社の参道

参道

 

三嶋大社の池

参道沿いの池

 

三嶋大社拝殿正面から

拝殿

 

三嶋大社拝殿斜め前から

拝殿

 

三嶋大社の拝殿の屋根と空

青空と拝殿

 

三嶋大社の境内

境内中央にある舞殿

 

三嶋大社境内日陰から

境内の日陰から

 

三嶋大社の本殿、幣殿、拝殿、舞殿、神刻について

境内の立て札

境内の立て札

 

立て札の内容

三嶋大社の創建は明らかではありませんが、鎌倉時代(1192年~1333年)初期には関東総鎮守として源頼朝や奥の武将の尊崇を受けた名社です。

 

一遍聖絵の社頭と現在のそれとではかなり異なり、焼失記録をみると、文永5年(1268年)と永仁4年(1296年)に焼け、また延享元年(1744年)と安政元年(1854年)の地震で倒壊しています。今の社殿は万延元年(1860年)から明治2年(1869年)にかけて再建されたものとされます。

 

本殿は流れ造で切妻屋根、棟には千木・鰹木をつけています。拝殿は入母屋造りで、前面には三間の向拝をつけ、正面に千鳥破風と軒唐破風がつきます。両殿の間には軒下に納まるように相の間がつくられています。この建築の様式は権現造といわれます。

 

全国的にみて拝殿の大きな神社は数多いですが、本殿の大きさは出雲大社とともに国内最大級であり、高さ23メートル、鬼瓦の高さは4メートルいう豪壮なものです。

 

彫刻は伊豆国名工「小沢希道」、駿河国名工「後藤芳治郎」がそれぞれ門人とともに技を競い合って完成した傑作とされます。

 

神社入口付近の案内

入口付近の案内板

 

案内板の内容

三嶋大社の祭神である三嶋大明神(大山祇命)は、伊豆半島や周辺地域の火山とゆかりがあります。伊豆七島などではそれぞれの島に見島大明神の后神(妻)や御子神(子)が祀られています。

 

また、三嶋大明神の娘、木花咲耶姫命は、富士山に対する信仰の神社である各地の浅間神社に祀られています。三嶋大社から桜川に沿って歩いた先にある浅間神社も木花咲耶姫命を祀る神社です。

 

富士山や箱根山、伊豆諸島などの火山活動が活発なこの地で、大きな噴火のたびに神格を高めてきた三嶋大明神や、その后神や御子神たちが祀られた神社が多いということは、人々が大地の恵みを受けつつ、畏れをもって自然とともに暮らしてきた証と言えるでしょう。

 

三嶋大社の歴史と自然に伊豆の信仰をみる

「伊豆一宮」として古くから伊豆をはじめとする周辺地域の人々の信仰を集めてる三嶋大社。大山祇命と事代主神の二柱の神を総じて「三嶋大明神」として祀られています。創建された時代や由緒には諸説ありますが、少なくとも奈良時代には祭祀の組織が整えられていたそうです。

 

境内では荘厳な建造物や多数の文化財だけでなく、建物を取り囲む「鎮守の森(社叢)」や樹齢1200年ともいわれる金木犀、三島の大地の成り立ちを語る巨石など、大切に守られてきた自然も三嶋大社のみどころです。

 

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