出典:思金神(Art Mochida Daisuke)
知恵の神、高天原の司令塔とも呼ばれる神さまです。岩戸神話、国譲り、天孫降臨といった重要な場面で必ず登場する知恵者。その才能を遺憾なく発揮して諸事万端に治める偉大な知恵の神さまです。文学・学業の神として崇敬されます。
古事記 |
---|
思金神(おもいかねのかみ) |
日本書紀 |
思兼神(おもいかねのかみ) |
先代旧事本紀 |
思金神(おもいかねのかみ) |
知恵の神 | 文神 | 学業の神 |
工匠の神 |
家運隆昌 | 出世開運 | 企画力向上 |
学問・入試合格 | 木工職人守護 |
出典:思金神「日本の神々辞典」
ヤゴコロオモイカネ命は、高天原の最高司令神とされるタカミムスビ神の子で、天岩戸神話や国譲り神話で知恵を駆使して解決に導いた神さまです。
名前の「ヤゴコロ」とは、いろいろな立場から考えるという意味であり、「カネ」は兼務・兼任に使われる兼で、1人で2つ以上のことをこなすという意味です。
本居宣長は『古事記伝』で思兼神について「数人の重慮る智を一の心に兼持てる意なり」と解釈しています。要するにオモイカネ命は、数多くの人間がもつ思慮分別の知恵を一身に結晶させた神さまということです。
「三人寄れば文殊の知恵」ということわざは、凡人でも三人集まって相談すれば考えが浮かぶという意味で知られますが、文殊菩薩が三人分の知恵を兼ね備えているという意味でもあります。
一身に知恵を集約するという点で、オモイカネ命も文殊菩薩も本質的に同じ知恵の神。実際に学問上達、受験合格祈願の神として人気があるところも共通しています。
出典:天岩戸神話の天照大御神「春斎年昌」
知恵というのは知識や経験を実践的に活かす能力といえます。
この能力を存分に駆使するオモイカネ命は、現在で言えば企画力とアイデアに優れたプロデューサーといえるでしょう。
天岩戸に隠れたアマテラス大神を誘い出すイベントを企画し、オオクニヌシ命から地上の支配権を譲渡させる国譲り、さらには地上の統治を行うための天孫降臨と、高天原の重大事には作戦参謀的な位置で必ず登場します。
天岩戸神話では、スサノオ尊の乱暴に怒ったアマテラス大神が、天岩戸に隠れてしまうと、世界は暗雲に包まれ、天地の悪霊が騒ぎ出しあらゆる天災が起こりました。
この緊急事態に集まった大勢の神々は、知恵者であるオモイカネ命に対策を講じてもらいます。そこでオモイカネ命が企画したのは盛大な祭りのイベントでした。
まず常世の国の長鳴鶏(いまでいうニワトリ)を集めて鳴かせ、鍛冶と玉造り神に鏡や玉を作らせ、それを飾った立派な玉串を制作し舞台を整えます。
そしてイベントを最高に盛り上げるがアメノウズメ命のダンスで、最後の仕上げがアメノタヂカラオ命の力技ということになります。
神器として欠かせない鏡や玉の制作、神祭りの重要な祭具である玉串の考案、神をたたえる儀式の演出、そして神楽の源流と言われる舞踏ショー。
これら一つ一つが後の様々な産業や芸能文化の源流となったことを考えると、オモイカネ命は優れたクリエイターだったと言えます。
スポンサードリンク
国造り神話で国土平定に知恵を働かせたのち、オモイカネ命は天孫ニニギに随伴して天下り、アマテラス大神から「私の御魂として鏡を祀れ」と命じられます。
これらオモイカネ命の働きから見ると、日本の神々の大多数を占める自然神とはかなり違う性質を持っていることがわかります。
自然神と区別する場合に、オモイカネ命のような存在は「観念神」と呼ばれます。観念神というのは人間の観念や霊の働きといった力を神格化したものと考えられます。
古代社会では自然の摂理をよく理解し、経験を積んだ長老の知恵こそが、平和な生活を営んでいくために必要不可欠でした。
人々はその知恵の力に畏敬の観念を持ち、やがて長老がもつ知恵を集積した霊的存在を1つの理想像としてイメージするようになります。
このような人間が理想とする叡智を究めた姿を神格化したのがオモイカネ命とされます。
次回の満月(新月)は2024年12月1日(日)
祈祷師が満月と新月の日だけに作成する「金運護符」
一人ひとり専用に作成するため月20名限定です。
※締切日11月30日23時まで