吉備津彦命のご利益や特徴

吉備津彦(キビツヒコ)

参照:歌川国芳『日本百将伝』より吉備津彦の想像図

 

名称
古事記
比古伊佐勢理毘古命(ひこいさせりひこのみこと)
大吉備津日子命(おおきびつひこのみこと)
日本書紀
彦五十狭芹彦命(ひこいさせりひこのみこと)
別称
吉備都彦
大吉備津彦命
吉備開国之神(きびかいこくのかみ)
神格
軍神
ご利益
延命長寿 武運長久 家内安全 厄除け
病気平癒 子育て守護 産業興隆 五穀豊穣
関連神

 

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吉備津彦命はどんな神さま?

桃太郎伝説の主人公とされる神さま

キビツヒコ命の名からすぐに連想されるのは、鬼退治で有名な桃太郎ですね。その結びつきは岡山市にある吉備津神社祀られるこの神さまの伝説に見られます。

 

その昔に、異国からやってきたとされる鬼が吉備津国に住みつきました。温羅(うら)と呼ばれたその鬼は、もともと百済の王子だったとされます。大きい体に、真っ赤な髪を生やしたその姿は異様で、性格は極めて残忍。

 

現在の吉備津神社から西北へ約10kmほどの場所にある片岡山に作られた「鬼の城」を拠点にして、暴虐の限りを尽くしたとされ、人々を恐怖のどん底に叩き落していました。

 

この事態に朝廷から派遣されたのがキビツヒコ命で、現在の吉備津神社から近い場所である「吉備の中山」に陣を張ります。鬼との戦いが始まり、激しい戦いの末、ついに鬼を退治したとされます。これがいわゆる「温羅伝説」で岡山が発祥といわれる桃太郎の鬼退治物語の元のなったとされます。

 

中央から派遣されて吉備津国を統治

『日本書紀』によれば、キビツヒコ命は第七代孝霊天皇の子で、姉はヤマトトトヒモモソヒメ命とされます。崇神天皇の治世に四道将軍(天皇の命で天下平定のために地方に派遣された軍事・行政長官)の1人として吉備国に派遣され、吉備地を平定する任にあたりました。平定後はキビツヒコ命の子孫がこの地に繁栄し、吉備臣(きびのおみ)となり勢力を振るったとされます。

 

吉備津神社の縁起によると、吉備国を平定したキビツヒコ命は、吉備の中山のふもとに建てた御殿「茅葺宮」に住みながら政治を行い、281歳まで生きたとされています。この長寿にちなんで延命長寿の神とされています。現在でも吉備津神社の奥にある吉備中山の中腹には、キビツヒコ命の墓と伝わる墓陵があります。

 

温羅の伝承

温羅は鬼ノ城に住み周辺地域を荒らしたが、吉備津彦命は犬飼健(いぬかいたける)・楽々森彦(ささもりひこ)・留玉臣(とめたまおみ)の3人の家来とともに温羅を討ち、祟りを鎮めるために温羅の首を吉備津神社の釜の下に封じたとされます。

 

この伝承では温羅は討伐される側の人物として記述されていますが、吉備は「真金(まかね)吹く吉備」という言葉にも見えるように、古くから鉄の産地として知られています。このことから温羅は製鉄技術をもたらして吉備を繁栄させた渡来人であるとする見方や、鉄文化を象徴する人物ともみられています。

 

また、温羅は吉備津神社の本来の祭神と見る説もあり、ヤマト王権に吉備が服属する以前の吉備津神社には吉備の祖神として温羅が祀られていたとされます。服属によって祭神がヤマト王権系の吉備津彦命に入れ替わったという見方もあるようです。

吉備津彦命を祀る神社

吉備津神社 岡山県岡山市北区吉備津931
吉備津神社 広島県福山市新市町大字宮内400
吉備津彦神社 岡山県岡山市北区一宮1043
田村神社 香川県高松市一宮町286
御崎神社 岡山県岡山市北区立田911
艮御崎神社 岡山県倉敷市真備町川辺208

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