スポンサード リンク

神功皇后のご利益や特徴

 
『別称』
  • 息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)
  • 息長帯比売命
  • 聖母大菩薩
『神格』
  • 聖母神
  • 武芸の神
『ご利益』
  • 安産
  • 子育て守護
  • 学業祈願
  • 厄除け
  • 病魔退散
  • 家内安全
  • 開運招福
関連神
 

スポンサード リンク

神功皇后はどんな神さま?

八幡様の母

神功皇后は『古事記』ではオキナガタラシヒメ命という名で記され、神社ではその名で祀られることが多いです。オキナガとは地名とも長寿の意味とも言われ、タラシは尊称でこの語を名にもつ天皇も多いそうです。

 

第十四代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の后で、八幡神として祀られる第十五代応神天皇の母である神功皇后。

 

神話伝承における活躍を見てみると、女神でありながら武神としての性格を持ち、民俗的な母子神信仰とも深く関係し、鎌倉時代には神仏習合的な女神として聖母大菩薩とも呼ばれました。その神威は八幡信仰や住吉信仰とともに全国的に広まりました。

鎮懐石伝承

神功皇后の聖母的性格を表すのが鎮懐石(ちんかいせき)の伝承です。それによると、新羅遠征中に産気づいた神功皇后は、卵型の美しい石を2つ腰のところに付けてまじないとし、出産を遅らせることを願いました。そうして、筑紫国に凱旋してから無事に出産しました。

 

呪術的な方法で出産をコントロールし、妊娠から出産まで十五ヶ月間もかかる異常さは、生まれるのが神の子であることを暗示するものです。

 

この鎮懐石伝承と神功皇后の聖母的性格のベースとなっているのは古来、九州地方に広がっていた「神母(じんも)」や「聖母(しょうも)」と呼ばれる土俗的な母子神信仰であるという説が有力で、現在でも聖母神としての皇后の伝承が各地に残っています。

天神の託宣を受ける

神功皇后の武神としての性格や、呪術的行為を示す姿が描かれているのが【新羅遠征伝説】です。夫の仲哀天皇が九州の熊襲族を討伐しようとした時、神功皇后が神懸りして神の託宣を受けました。

 

神は「西方に金銀財宝の豊かの国がある。それを服属させて与えよ」と託宣しました。しかし、仲哀天皇が託宣を無視して熊襲討伐を優先したために、神の怒りにふれて急死。天皇を※殯宮(もがりのみや)に納め、大祓を行ったのち、再び神意を問うと「この国は皇后の御腹に宿る御子が治めるべし」という託宣がありました。

 

その神の名を問うと「天神の意思を伝える住吉の三前大神(住吉三神)である」と名乗ったそうです。

 

その神意に従い皇后は、住吉三神の守護を受けて軍船で玄界灘を渡り、新羅国を平定。大和に戻った皇后は、仲哀天皇のほかの二人の王子(天皇とオオナカツヒメ命との間の子で香坂王と忍熊王)の反乱を鎮め、応神天皇を皇太子に立てて、自ら摂政をおこなったとされます。

 

※殯宮とは高貴な人が亡くなった時に本葬の前に仮の葬儀をすること、またはその場所

神功皇后のイメージ

『日本書紀』の神功皇后の話に魏志倭人伝の卑弥呼の話があったり、伝説に描かれる姿から卑弥呼とイメージを重ねられたりもします。

 

今では聖母神、母子神として信仰される神功皇后ですが、戦前ではお札の肖像が描かれたり、武の一面が恣意的に誇張され、軍国主義制作の精神的な支えとして利用されたこともあるそうです。神功皇后に関する歴史的な事実として記憶しておくのも大事かもしれません。

神功皇后を祀る神社

 
香椎宮

福岡県福岡市東区香椎4-16-1

石清水八幡宮

京都府八幡市八幡高坊30

宇佐神宮

大分県宇佐市南宇佐2859

鶴岡八幡宮

神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31

氣比神宮

福井県敦賀市曙町11-68

忌宮神社

山口県下関市長府宮の内町1-18

鹿児島神宮

鹿児島県霧島市隼人町内2496−1

 

その他の八幡神社の本社・摂社・末社の聖母宮、聖母八幡宮、神母神社など